行進曲では、他の旋律を引用して、その性格を独特なものにしているものが多数存在する。行進曲の作曲で有名なJ.P.スーザも、サリヴァンのオペレッタ《ミカド》の旋律を用いた《ミカド・マーチ》を作曲している。さらに軍楽的な点から見てみると日本の国歌《君が代》を用いた吉本光蔵の《君が代行進曲》や、ソビエト時代の有名なロシアの歌曲《カチューシャ》を用いたS.チェルネスキーの《親衛迫撃砲兵行進曲》など、挙げれば切りがない。近藤礼隆の《バースデー・マーチ》も、そのような行進曲のひとつと言えるだろう。
2012年に作曲された《バースデー・マーチ》では、かの有名な《Happy Birthday to You》の旋律が用いられている。なぜこの旋律が用いられたのかは、明らかではないが、本作が東京のアマチュア吹奏楽団、大江戸シンフォニックウィンドオーケストラの創立一周年記念演奏会で演奏されたのは興味深いことである。
曲は、近年の全日本吹奏楽コンクール課題曲の行進曲によく見られる全音階的に下行してゆく低音の上で、輝かしいファンファーレが奏でられる前奏で開始する。第1マーチでは、早速《Happy Birthday to You》を用いた旋律が軽やかに奏される。短い第2マーチと第1マーチの再現を経て、トリオへ進む。
トリオも《Happy Birthday to You》を素材とした旋律が中心であるが、柔らかな雰囲気は第1マーチや第2マーチとは対照的。前奏の動機を用いた短調と長調の和音の交差が印象的なエピソードを挟み、トリオの旋律が再現されると、今度は前奏自体が再現、第1マーチが華やかに回帰する。
コーダでは、突如テンポを落とし、フルートとクラリネットだけで《Happy Birthday to You》の断片を奏する仕掛けも。すぐにテンポを取り戻し、《Happy Birthday to You》の最終楽節が強奏される。
いわば引用行進曲とでも言えるような、自作以外の旋律を用いた行進曲は、通常の行進曲と違い、元の旋律の作曲者と行進曲の作曲者との創造性の違いを楽しむという楽しみ方がある。本作《バースデー・マーチ》でも、有名な旋律を近藤がどのように料理しているのか、楽しんで聴くことができるだろう。